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INTERVIEW #05フリーランス・スポーツ現場から

花よりも花を咲かせる土であれ

—— 1人で走り続けた鈴木翼が、人を育てる仕事にたどり着くまで

「翼さんの想いが、スタッフ全員に浸透しているのを感じます」。お客様のその一言に、報われた気がした。

ずっと1人で現場に立ってきた。組織のなかで人を育てるなんて、想像もしていなかった。

フリーランス歴8年。鈴木翼はいま、100人の仲間が活躍する組織を目指している。

ティップネスを中心に、鶴見・川崎・鎌倉・横浜のエリアを束ねるエリアマネージャー、鈴木翼さん。新卒で就職せず、8年間1人で走り続けた彼が、なぜ組織に飛び込んだのか。人を育てる側でいま何に向き合っているのか。

「花よりも、花を咲かせる土になれ」。翼さんが人生のテーマに掲げる言葉です。ひとりでは届けきれない価値を、チームでどう届けるのか。フリーランス時代の葛藤から、仲間を支えきれなかった経験、その後の組織づくりまでを聞きました。

PROFILE

鈴木 翼(すずき つばさ)|THE PERSON エリアマネージャー(33歳)。神奈川県相模原市出身、3人兄弟の末っ子。小学3年からの野球で中学は全国ベスト8、公立高校ながら県ベスト8まで進む。高校時代のけがからトレーナーの道を知り、帝京大学医療技術学部でアスレティックトレーナー(JSPO-AT)を現役取得。就職はせず独立し、パーソナルトレーニングと社会人チームの競技サポートを両輪に約8年活動。2024年にstadiums(THE PERSON)へ参画し、約2年でエリアマネージャーを担う。

けがで終わった野球、残ったのは「誰かの役に立ちたい」

まず、トレーナーを志したきっかけから聞かせてください。

小学3年から野球一筋で、中学は全国ベスト8、高校でも県ベスト8まで進みました。ただ高校時代にけがが続いて。腰のヘルニアで歩けなくなり、足首の重い捻挫や手首の骨折もあり、満足にプレーできたのは1年弱。大学で続けることも考えましたが、断念しました。

引退後、どう進路を考えたんですか。

誰かの役に立ちたい、という想いが根っこにありました。動物も好きだったので、最初は盲導犬の訓練士やドッグトレーナーを考えていたくらいで。担任に反対されて調べるうちに、スポーツトレーナーという仕事に行き当たりました。

もともとトレーナーに憧れがあったわけではなかったんですか。

正直、興味はまったくなかったんです。自分がその立場になるなんて想像もしていませんでした。けがの経験が直接の理由というより、誰かの力になりたい想いが先にあって、それを叶えられる仕事として選んだ感覚に近いです。

王道を選ばなかった、新卒フリーランス

大学では、アスレティックトレーナーの資格取得に専念したんですか。

その資格を取るためだけに4年間通ったようなものです。試験は基礎と応用が100問ずつ、9割近く取らないと受からない。実技の前の座学でふるいにかけられます。記憶は得意なほうだったので、受かるための勉強をやり切りました。

卒業後は、就職活動をしなかったんですか。

会社説明会に行くような就活はゼロでした。大学3年の時点で、卒業したら1人でやると決めていたんです。フィットネスクラブのアルバイトや大学内チームのサポートで人脈を築き、4年では学内実習をやめてセミナーで名刺を配っていました。接客を磨きたくてスターバックスで働いた時期もあります。

新卒でいきなり独立。不安はなかったんですか。

人と同じ道を歩むのが、あまり好きではない性格なんです。アスレティックトレーナーの後は理学療法士や鍼灸師と資格を重ねるのが王道でした。でも、この資格だけでもちゃんと仕事にできると証明したかった。だから独立を選びました。

365日働いた、不安定な時期

独立してすぐ、安定はしましたか。

まったく不安定でした。スケジュールに空きがあると不安になり、何か仕事はないかと動き回って。働き始めの3〜4年は、それこそ365日働いていた時期もありました。

それだけ働いて、稼いだお金は何に使っていたんですか。

ほとんど自己投資でした。セミナーに通い、本をたくさん買う。やりたいことをやる力をつけたくて、そのために稼いでいた感覚です。

そこから、働き方は変わっていったんですか。

お客様がついてからは、休みもしっかり取るようになりました。パーソナルトレーニングと、社会人の野球やラグビー、ラクロスといったチームサポート。この2つを半々くらいの割合で、約8年続けました。

1人の限界と、組織という未挑戦の領域

8年続けたフリーランスから、なぜ組織へ移ろうと思ったんですか。

ずっと1人だったので、組織のなかで誰かを育てたり、チームで何かを達成したりする経験がまったくありませんでした。自分のキャリアを振り返ると、そこがすっぽり抜けている。今後どうしようかと考えていたタイミングでした。

THE PERSONとの出会いは、どんなものだったんですか。

学生時代にトレーナーの仕事で知り合った旧知のメンバーから、メッセンジャーで連絡をもらったんです。ちょうどマネジメントができる人を探している、と。自分が挑戦したいことと、会社が伸びるタイミングが重なった。面白いと思って切り替えました。

最初の印象はどうでしたか。

純粋に面白そうだ、と。これまでのキャリアが活かせて、同時に学べる環境がある。代表や取締役と話して、それを強く感じました。やらない理由がなかったんです。

信頼はつくれる。難しいのは、その先だ

入社直後は、どんな仕事から始めたんですか。

最初はセッションがベースでした。代表や先輩について現場で学びながら、自分でもやってみる。もともとチームスポーツで集団指導をしていたので、パーソナルとの大きなギャップは感じませんでした。人数の差くらいの感覚です。

いまの1日は、どんな流れですか。

いまは6〜8割がミーティングです。メンバーとの1on1やプロジェクトの打ち合わせ。その合間に、新規のお客様の体験対応や既存のお客様のセッションに入ります。

自分でやるのと、人に任せて育てるのと。難しさはどこにありますか。

人を動かし、育てる難しさは、あらためて感じています。メンバーはそれぞれ違う背景を持つ人たち。その背景を大事にしつつ、会社として進むべき方向へ調和させるには、丁寧なコミュニケーションが要る。自分でやるより時間がかかる分、悩みはずっとあります。

信頼関係を築くこと自体は、得意なほうですか。

そこはコーチングを学んだ背景もあって、いちばんの得意分野です。問題はその先。本人のやりたいことを、どう成果に結びつけるか。100人いれば100人にうまくいくわけではないので、細かいすり合わせには苦労しています。

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