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THE PERSONRECRUIT
INTERVIEW #01柔道整復師・整骨院から

「言われたことだけ」だった自分が、人と向き合う仕事へ

—— 整骨院から飛び込んだ奥が、かかりつけの信頼と仲間に出会うまで

整骨院で6年、幹部まで上り詰めて見えたのは、業界の天井だった。

変わったのは、誰かと本音で向き合うことを覚えてから。

職種も場所も変わったいまも、目の前のひとりと向き合い続けている。

北千住エリアを中心に複数の店舗を担当するのが、トレーナーの奥勇太さんです。大学で柔道整復師の資格を取り、整骨院で約6年。幹部まで上り詰めながら業界の天井を感じ、パーソナルジムを経てTHE PERSONへとたどり着きました。

「整骨院に入った頃の自分は、人じゃなかった」。そう振り返る奥勇太さんが、人と向き合う仕事へとどう変わってきたのか。お客様との信頼関係を築き、仲間の力を借りながら店舗の成果にも向き合う。その歩みを聞きました。

PROFILE

奥 勇太(おく ゆうた)|THE PERSON 北千住店・トレーナー(30歳)。大学で柔道整復師の資格を取得し、卒業後に上京。整骨院で約6年、副委員長・委員長・幹部とステップを上がり、複数店舗のマネジメントを担う。その後パーソナルジムを経て、stadiums(THE PERSON)へ入社。現在はセッションと店舗運営を中心に、役職者を見据えたマネジメントも学んでいる。

「怪我をしない身体をつくりたい」から始まった

まず、トレーナーを志したきっかけから聞かせてください。

学生時代は陸上の短距離をやっていて、トレーニングや身体のケアにも自分で触れていたんです。もともと人に教えることに興味があって、トレーナーになりたかった。でも、それだけだと弱いなと思って。怪我からの回復まで支えられたらいいんじゃないかと考えて、柔道整復師の道を選びました。本当にやりたいのは、そもそも怪我をしない身体づくりを支えること。ただ、その前にまず応急処置や対応を学んでおこうと思ったんです。

身体づくりにこだわるようになった原体験はあったんですか。

自分が走ったのは四国大会の決勝で、リレーのアンカーでした。バトンを渡してくれるはずの後輩が、僕に渡す前に肉離れしてしまって。引きずるように走って、そのまま終わってしまったんです。その子はもともと身体が強いほうではなくて。だから、こういう怪我を防げる身体づくりに関わりたいと、強く思うようになりました。

数ある選択肢の中から、就職先の整骨院はどう選んだんですか。

岡山出身なので、半分旅行気分で大阪や東京の整骨院をいくつも見て回ったんです。正直、どこへ行ってもだいたい同じことを言われる。でも一社だけ、『君の考えは甘い』とズバッと言ってくれたところがあって。しかもトレーナー活動もしていて、ちゃんと怪我も見ているところだったので、ここがちょうどいいと思って決めました。

整骨院で見えた、業界の天井

整骨院では、約6年。どんなふうにキャリアを重ねたんですか。

異動した先の上司が、背中を見て学べというタイプの人で。当時の僕は尖っていたので、こいつに言ってもしょうがないと思われていたのか、とにかく見とけと。目の前でやって見せてくれたんです。こうやったら良くなる、と。柔道整復師として、こんなふうに身体を良い状態にできるんだと目の当たりにして、あれは大きかったですね。そこから副委員長、委員長、幹部と上がって、最後は複数店舗を見て数字を追う立場になりました。

マネジメント側に回ったあとで、辞めようと思ったのはなぜですか。

整骨院業界の保険制度が、もう厳しくなっていて。昔は請求すれば戻ってきたものが、いまはカルテを何百枚も処理しないといけない。患者さんへの対応にプラスして、その事務作業です。時間対効果が悪いんですよ。それに、この先ずっと同じ仕事を続けるのも違うなと思って。区切りのいいところで辞めることにしました。

拘束時間にも、ちゃんと給与が出る——THE PERSONを選んだ理由

整骨院のあとは、すぐにTHE PERSONだったんですか。

いえ、間にパーソナルジムを約1年半挟んでいます。ただ、パーソナル一本だと収入面がきつくて、いろいろやっているうちに疲弊してきて。どうせなら似た業種で次を探そうと思っていたときに、登録していたサービス経由でstadiumsから声がかかったんです。最初はカジュアルな面談で、そこからちょこちょこやり取りを重ねていきました。

入社の決め手は、どこにありましたか。

拘束されている時間に、ちゃんと時給が出るんです。ほかのパーソナルだと、お客様を対応している時しかお金が出ないことも多い。決まった時間がしっかり発生するのは大きかったですね。それに、いろんな事業をやっている会社だったので、ここでなら何ができるんだろう、という興味もありました。

入社してみて、働き方は変わりましたか。

ほぼパーソナルトレーナー一本になって、時間ができた感覚があります。やりたいことに向き合えるようになりました。休みはシフト制で、基本は土曜と、月曜か金曜のどこか。柔軟に組めています。

「人じゃなかった自分」が、人になった

ご自身で「人じゃなかった」と表現されていますが、これはどういう意味ですか。

整骨院に入ったばかりの頃の自分のことです。とにかく尖っていて、言われたことだけをやる、機械みたいな働き方でした。社会人ってこういうものだ、自分をきれいに固めてやるものだと思い込んでいたんです。

そこから、どう変わっていったんですか。

特別な一言があったわけじゃないんです。やって見せてくれる先輩がいて、人と1対1で向き合う時間が積み重なっていくうちに、1対1の人としての向き合い方でいいんだと気づいて。ラフでいいんだと思えたんです。それを繰り返していくうちに、自然と変わっていきました。丸くなった、優しくなったと、周りから言われるようになったのもこの頃からですね。

いまは、人と向き合うのが得意になった実感がありますか。

正直、大人数のグループはいまでも苦手で。そういう場では、まだ尖っているかもしれません(笑)。でも、お客様や目の前の一人に対しては、本音ベースで向き合うことを大事にしています。初対面でいきなり本音で話すのは大変なので、まず自分をしっかり出して、喋りやすい雰囲気をつくる。とりあえず自分から喋る、という感じですね。

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